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大津地方裁判所 平成8年(行ウ)3号 判決 1997年6月23日

原告 佐藤良次

被告 大津税務署長

代理人 谷岡賀美 西浦康文 村上武志 北村繁隆 児玉光裕 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成六年七月五日付をもってした、平成三年九月九日被相続人佐藤傳三郎の相続開始に係わる相続税の更正処分のうち、課税価格二億九七四二万五〇〇〇円、納付すべき税額九五四四万一五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、原告の相続税申告に対する被告の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、「本件更正処分」、「本件賦課決定処分」といい、両処分を併せて「本件課税処分」という。)について、相続財産である有限会社の出資を評価するに際し、相続税財産評価に関する基本通達に従わず、純資産額の計算上評価差額に対する法人税等相当額を控除しなかったこと等が違法であると主張して、本件課税処分の取消を求めた事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  本件課税処分の経緯

(一) 原告は、平成三年九月九日死亡した佐藤傳三郎(以下、「被相続人」という。)の長男であり、<略>の被相続人の財産を相続した(以下、「本件相続」という。)。

(二) 原告の本件相続にかかる相続税の申告とこれに対する更正等の経過は<略>のとおりである。

すなわち、原告は、平成四年三月九日、右相続税につき、課税価格を二億九七四二万五〇〇〇円、納付すべき税額を九五四四万一五〇〇円とする申告をしたところ、被告は、平成六年七月五日付けで、課税価格を一三億二六七六万六〇〇〇円、納付すべき税額を六億三九三三万六九〇〇円とする本件更正処分及びこれに係る過少申告加算税を七六八一万一五〇〇円とする本件賦課決定処分を行い、その旨を原告に通知した。

原告は、本件課税処分を不服として、同年九月五日、異議申立をしたところ、被告は、同年一二月五日付けでこれを棄却する旨の異議決定をした。原告は、平成七年一月五日、国税不服審判所長に対し、本件課税処分について審査請求をしたが、同所長は、同年一一月二八日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。

2  本件課税処分の概要

原告は、本件相続により取得した財産のうち、有限会社下鴨商事(以下、「下鴨商事」という。)に対する出資持分(以下、「本件出資」という。)の評価にあたり、「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六・直審(資)一七国税庁長官通達。ただし、平成三年一二月一八日付け課評二―四・課資一―六による改正前のもの。以下、「評価基本通達」という。)の定めに従い計算し、これを一〇億二〇五四万六八一六円と算定して相続税の申告書を提出したところ、被告は、本件出資の評価にあたっては、評価基本通達一八五に定める計算のうち、同通達一八六―二に定める「評価差額に対する法人税額等に相当する金額」(以下、「法人税額等相当額」という。)を控除すべきでないとして、その評価額を二〇億五二九七万三八二四円とする本件更正処分を行うとともに、これを前提とする本件賦課決定処分を行った。

3  原告が本件出資を相続するに至った経緯等

(一) 平成二年九月一八日(被相続人が死亡する約一年前)、被相続人、その妻である佐藤きみ(以下、「被相続人の妻」という。)及び原告の出資により、有限会社洛北商事(以下、「洛北商事」という。)が設立された。同社の設立時における総出資口数は一万二〇〇〇口であったが、一口当たりの資本金は一〇〇〇円であり、出資一口に対する払込金額は、一〇万円であった。そして、払込総額一二億円のうち、一二〇〇万円が資本金に、その余の一一億八八〇〇万円は資本準備金に、それぞれ組み入れられた。被相続人は、右出資のうち、一万一九七六口(資本金一一九七万六〇〇〇円に相当する出資口)を引き受け、住友銀行西新宿支店からの借入金一二億五〇〇〇万円を原資として、右出資に係る払込金一一億九七六〇万円を同社に払い込んだ。

(二) 平成二年一二月一七日、洛北商事は、資本金二〇〇〇万円(増資口数二万口、一口当たりの資本金一〇〇〇円、一口に対する払込金額四万円)の増資を行った。その結果、同社の総出資口数は三万二〇〇〇口、資本金は三二〇〇万円、資本準備金は一九億六八〇〇万円となった。被相続人は、右増資のうち、一万九九六〇口(資本金一九九六万円に相当する出資口)を引き受け、大和ファイナンスからの借入金八億四〇〇〇万円を原資として、右出資に係る払込金七億九八四〇万円を同社に払い込んだ。その結果、被相続人が所有することとなった洛北商事の出資は、三万一九三六口、払込金額にして一九億九六〇〇万円となった。

(三) 右同日、被相続人、被相続人の妻及び原告は、右増資後の洛北商事の出資のうち、三万一九九九口を現物出資して、下鴨商事を設立した。下鴨商事の総出資口数は三万一九九九口であり、その一口当たりの資本金は一〇〇〇円であった。また、右現物出資に係る洛北商事の受入金額は三一九九万九〇〇〇円であった。右により、被相続人は、所有していた洛北商事の出資三万一九三六口のすべてを下鴨商事に現物出資し、その結果、本件出資三万一九三六口(資本金三一九九万九〇〇〇円に相当する出資口)を所有することとなった。

(四) 平成三年九月九日、被相続人の死亡により本件相続が開始した。洛北商事の出資三万一九三六口及び住友銀行西新宿支店からの借入金債務(本件相続開始時における残元金は一三億円)及び大和ファイナンスからの借入金債務(本件相続開始時における残元金は八億四〇〇〇万円)については、遺産分割協議により、原告が相続することとなった。

(五) 平成四年三月三一日、原告は、洛北商事から八億六二四二万五二六八円を借入れ、これにより調達した金員を右大和ファイナンスからの借入金八億四〇〇〇万円の返済及びその利息等の支払に充当した。

(六) 平成四年一〇月二二日、洛北商事は、下鴨商事を吸収合併し、当該合併により消滅した下鴨商事の出資者に対しては、本件出資一口に対して洛北商事の出資一口を割当交付した。また、下鴨商事が所有していた洛北商事の出資三万一九九九口については、合併により洛北商事が自己保有することとなったため、合併と同時に消却された。

(七) 平成五年三月二日、洛北商事は、資本金二〇〇〇万円(減資口数二万口、一口に対する減資払戻金六万二五〇〇円)の減資を行った。その結果、同社の総出資口数は一万二〇〇〇口、資本金は一二〇〇万円、資本準備金は七億三八〇〇万円となった。原告は、一万九九八〇口の減資により、洛北商事から一二億四八七五万円の減資払戻金を受けることとなったが、右金員は、原告の洛北商事からの借入金の返済に充てられた。

(八) 平成五年一〇月一八日、原告は、洛北商事から一三億円を借り入れ、これを前記住友銀行西新宿支店からの借入金一三億円の返済に充てた。

(九) 平成五年一二月六日、洛北商事は、資本金九〇〇万円(減資口数九〇〇〇口、一口に対する減資払戻金六万二五〇〇円)の減資を行った。その結果、同社の総出資口数は三〇〇〇口、資本金は三〇〇万円、資本準備金は一億八四五〇万円となった。

原告は、八九九一口の減資により、洛北商事から五億六一九三万七五〇〇円の減資払戻金を受けることとなったが、右金員は原告の洛北商事からの借入金の返済に充てられた。

(一〇) 右の現物出資、合併、減資などの経済行為に対しては、法人税法及び所得税法による課税関係は何ら生じないため、被相続人が出資した金員の大部分は、法人税及び所得税を課されることなく、原告によって回収される結果となった。

以上の洛北商事及び下鴨商事の出資状況等を表にまとめると、別表二の1、2記載のとおりであり、また、その出資の相続税評価額による純資産額及び帳簿価額による純資産額の明細は<略>のとおりである。

三  争点

本件の主たる争点は、本件出資の相続財産としての評価をどのように算定すべきかである。

前記争いのない事実2(本件課税処分の概要)のとおり、原告は、評価基本通達一八五に定める純資産価額方式に従い、本件相続開始時における下鴨商事の「相続税評価額による純資産額(相続開始時の各資産をそれぞれ評価基本通達の定めに従って評価した価額の合計から課税時期における各負債の金額を控除した残額)」及び「法人税額等相当額(相続税評価額による純資産額から帳簿価額による純資産額を控除した残額である評価差額に五一パーセントを乗じて計算した金額)」を計算し(これらの計算上の数額については当事者間に争いはない。)、前者から後者を控除した額を相続開始時の出資口数で除した金額を本件相続における下鴨商事の出資一口の評価額とすべきと主張している。

これに対し、被告は、本件出資については、その取得の経緯及び相続後の経過(前記争いのない事実3)からして、その相続財産としての評価を基本通達一八五に定める純資産価額方式によって算定するにあたり、法人税額等相当額を控除しないで計算するのが相当であると主張している。

この点に関する原被告双方の主張の詳細は以下のとおりである。

1  (被告の主張)

(一) 相続財産の評価にあたっては、課税の公平を確保するため、評価基本通達に定める方式によるのが原則であるが、同通達の画一的適用という形式的平等を貫くことによって、かえって実質的な課税負担の公平を害することが明らかであるなどの特別な事情がある場合には、例外的に他の合理的な時価の評価が許されると解される。

ところで、評価基本通達一八五が法人税額等相当額を控除することとしている趣旨は、株式等(有限会社の出資と併せて「株式等」という。)の所有を通じて間接的に資産を所有している場合と個人事業主が個々の事業用資産を直接所有している場合とでは、その所有形態が異なるため、右の所有形態の差異をしんしゃくして、両者の事業用財産の評価の均衡を図ろうとするものと解される。すなわち、相続財産の評価差額を法人税法九二条(解散の場合の清算所得に対する法人税の課税標準)の金額とみなし、事業用資産の所有形態を法人所有から個人所有に変更した場合に課税されることとなる清算所得に対する法人税額等に相当する金額を相続税評価額から控除することによって、右均衡を図ろうとしているのである。

(二) これを本件についてみるに、原告が本件出資を相続した経緯等については、前記(争いのない事実3)のとおりであり、要するに、被相続人が約二〇億円もの巨額の借入を行って取得した洛北商事の出資を約三二〇〇万円という著しく低い価額によって下鴨商事に現物出資し、原告は、相続開始後の洛北商事及び下鴨商事の合併、増資によって、右の約二〇億円の大部分を回収している。

右一連の行為の結果、仮に法人税額等相当額を控除して本件出資を評価するとその価額は約一〇億円となる一方、借入金約二〇億円は全額が債務控除の対象となるため、右一連の行為が行われなかった場合と比べて何ら担税力に変わりがないのに、課税価額が約一〇億円(借入金約二〇億円と本件出資の評価額約一〇億円との差額)も低額に算出され、相続税の負担が不当に回避されることになる。

右一連の行為及び結果からして、被相続人及び原告が、法人税額相当額の控除を利用する意図で、評価差額を創出し、相続財産の価額を圧縮して相続税の負担を回避しようとしたことは明らかで、右一連の行為には何ら経済的合理性は認められないというべきである。そして、このような場合についてまで法人税等相当額を控除して計算することは、本件のような巨額の借入をなし得る者とそうでない者との間、現物出資における帳簿上の受入価額を著しく低くした者と適正な価額にした者との間などにおける実質的公平を著しく害し、評価基本通達の趣旨に反するばかりか、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨にも反するといわなければならない。したがって、本件出資の評価については、前記評価基本通達によらず、他の合理的な時価の方法によるべき「特別の事業」があるものというべきである。

(三) そして、評価基本通達自体も「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」(評価基本通達六)と定めているところ、本件更正処分前の平成五年一〇月ころ、国税庁から各税務署に対し、法人税額等相当額を控除しない旨の事務連絡がなされており、これは、一般的かつ間接的な右「国税庁長官の指示」と解し得るのであり、本件課税処分も右事務連絡に基づくものである。

したがって、本件出資の評価において、評価基本通達の定めによることなく、法人税額等相当額を控除しないで計算した本件課税処分には違法はない。

2  (原告の主張)

(一) 評価基本通達に定めのない評価方法によって納税者に不利益となる財産の評価をする場合には、租税法律主義の理念と信義則に抵触する恐れは著しく拡大するから、その例外は、極めて厳格に限定された要件が必要である。そして、その要件とは、評価基本通達によることが当該通達の趣旨に反する等、その通達による評価が著しく不合理な場合であり、選択した方法が時価を算定する合理的なものでなければならず、その例外根拠が明らかであって、例外適用が適正手続の下になされることというべきである。

右の観点から被告の主張を検討すると、本件課税処分及び被告の主張は以下のとおり違法又は不合理というべきであり、本件出資の評価は評価基本通達に従ってなされるのが合理的である。

そもそも、評価基本通達一八五は、当該法人に対する財産持分請求権の評価に当たって、当該法人の解散を擬制した上、残余財産として出資者が払戻しを受けるとした場合に得られる価額は、清算所得に係わる法人税額等に相当する五一パーセントを評価上考慮することが合理的であるとしている。要するに、五一パーセント控除は個人事業用の資産との評価の均衡を図るために認められた評価上の斟酌であり、それは、将来、法人税等が実際に課税されると否とにかかわらず適用されるべきものである。

したがって、本件においても、被相続人が、直接支配したのは本件出資持分であり、洛北商事の出資持分及び現金は間接所有したにすぎないのであるから、その所有形態の違いからくる評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除をするという評価上の斟酌を認める基礎があり、本件出資に評価基本通達を適用する合理性があるというべきである。

これに対し、被告は、評価基本通達を適用しない根拠として、「本件出資は払い込んだ現金ないし洛北商事への出資が変形したものにすぎない」ことを主張するが、評価基本通達が所有形態の差異自体(すなわち、現金や洛北商事の出資持分から本件出資への変形の有無)に着目して法人税額等の控除の評価要素を加味する評価理論を採用したことをみても、本件出資が現金ないし洛北商事の出資持分が変形したものであることは評価基本通達を適用しない理由とはなり得ない。

(二) 次に、相続開始時の本件出資の評価について、相続開始後の事実である合併や増資の事実を考慮している点で不合理である。本来、本件相続税の課税時期後の合併や減資の事実が、相続財産である本件出資持分の課税時期における時価に影響するはずがない。本件では、相続開始後の合併や減資において、法人税及び所得税法の定める課税要件を充足しないことから、かかる税が発生しなかったが、その事実は本件相続財産の評価に全く関わりがない。

(三) また、「租税回避目的」や「経済的合理性の欠如」という主観的要素を、相続税法二二条の時価の解釈について考慮している点で不合理である。このような主観的要素を考慮することは、客観的交換価値である時価の本質に反するだけでなく、法的安定性や納税者の予測可能性が著しく制限されることとなる。

(四) さらに、被告は、本件出資の評価において法人税額等を控除すれば、「租税負担の実質的公平を著しく害する」と主張するが、本件出資の純資産価額方式における法人税額等の控除は、前記のとおり出資持分の実態的性格に基づく本質的、経済的要因からの評価理論上当然の要請であって、評価基本通達に規定する法人税額等の控除という評価要素を排斥して評価することは、純資産価額方式の評価そのものを否定することであって許されない。むしろ、土地を時価よりも低い価額で現物出資した場合の評価差額については法人税等相当額が控除されるであろうことと比較すれば、被告の評価方法こそ、実質的負担の不公平が生じているというべきである。また、本件出資の客観的交換価値は明らかになっていないため、評価基本通達によってその時価を評価するのであって、法人税額等相当額の控除は、例えば不動産等の評価について評価の安全性という観点から評価方法を定めるのとは全く異なるのである。その意味で純資産価額方式の本質を無視した被告主張の評価方法は時価を定める合理的方法ではないし、時価を定めたものでもない。

(五) 評価基本通達六の適用範囲を逸脱し適性手続を欠いている点で違法である。すなわち、評価基本通達六の適用は租税平等主義から慎重になされるべきであり、統一評価方法を適用すると明らかに課税上不都合が生じるという特別の事情がある場合に限られるべきである。そして、その特別事情について、「経済的合理性のない行為」あるいは、「専ら贈与税または相続税の負担を回避する目的」というような主観的要素を含めるべきではない。

さらに、その適用の際には、予測可能性及び法的安定性の観点から、例外の理由を明示し、評価基本通達六の「指示」が開示される必要があるにもかかわらず、本件更正決定の通知書には、例外的な評価方法を採ることの十分な理由の記載がなく、適正手続を著しく欠いており、違法である。

(六) 被告主張の被相続人らの借入れから減資に至る一連の行為は、被相続人と原告との共謀に基づく相続税の負担を不当に回避する目的によるものではないし、減資についても相続直後とはいえないので、連続した行為と見るのは誤りである。

さらに、相続開始時点における本件評価についても、相続開始後、一年半ないし二年余り経過した後にされた減資によって回収した現金と同視するのは、その間のリスクを看過するもので不合理である。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  相続財産の評価について

相続税法二二条は、相続財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得のときにおける時価による旨規定しているところ、右の時価とは相続開始時における当該財産の客観的な価値をいうものと解するのが相当である。そして、課税実務上は、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から、相続財産評価の一般的基準が評価基本通達によって定められ、そこで定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。

そうすると、租税平等主義という観点からして、評価基本通達に定められた評価方式が合理的なものである限り、これが形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるものと解されるから、特定の納税者あるいは特定の相続財産についてのみ、右通達に定められた方式以外の方法によって評価を行うことは、たとえその方法による評価額それ自体が同法二二条の定める時価として許容できるものであったとしても、納税者間の実質的負担の公平を欠くものであり、原則として許されないというべきである。

しかしながら、右通達に定められた評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことが、右評価基本通達の趣旨を没却するだけでなく、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな特別の事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方式によることが許されると解するのが相当である。

二  特別の事情の有無について

1  評価基本通達一八五及び一八六―二の趣旨

本件出資について、仮に評価基本通達によるとすれば、評価基本通達一八五及び一八六―二に定める評価方法によることとなる。

評価基本通達一八五は、小会社が、事業規模や経営の実態からみて個人企業に類似するものであり、これを株式の実態からみても、株主が所有する株式を通じて会社財産を完全支配しているところから、個人事業者が自らその財産を所有している場合と実質的に変わりはなく、その株式を、それが会社財産に対する持分を表現することに着目して、純資産価額方式により評価することを基本としているものである。そして、評価基本通達一八五及び同一八六―二が、純資産価額の計算上、会社資産の評価替えに伴って生じる評価差額に相当する部分の金額に対する法人税額等に相当する金額を会社の正味財産価額の計算上控除することとしているのは、小会社の株式といえども株式である以上は、株式の所有を通じて会社の資産を所有することとなり、個人事業主がその事業用財産を直接所有するのとは、その所有形態が異なるため、両者の事業用財産の所有形態を経済的に同一の条件のもとに置き換えたうえで評価の均衡を図る必要があることによるものである。すなわち、相続財産の評価差額を法人税法九二条(解散の場合の清算所得に対する法人税の課税標準)の金額とみなし、事業用資産の所有形態を法人所有から個人所有に変更した場合に課税されることとなる清算所得に対する法人税額等に相当する金額を相続税評価額から控除することによって、右均衡を図ろうとしているのである。

この点、原告は、評価基本通達一八五の趣旨について、純資産価額方式における法人税額等の控除は、出資持分の実態的性格に基づく本質的、経済的要因からの評価理論上当然の要請であり、当該評価基本通達が、課税時期において会社の解散が予定されている場合のみを想定しているものでないことは明らかであるから、本件出資の評価についても法人税額等相当額を控除する基礎が認められる一方、被告の主張は不合理であると主張している(前記原告の主張(一)、(四))。

しかし、経済的に判断すべき時価の問題において、法人税額等が控除されるのは、経済的な理由があるからにほかならない。そして、その控除される額を法人税額等相当額と定められたのは、まさに、解散の場合の清算所得に対する法人税の課税標準を考慮したためであって、間接所有であることからくる評価理論上当然の要請だという原告の主張は採用できない。また、当該会社散の可能性を考慮することなく評価基本通達が形式的に適用されることと、、その趣旨の解釈にあたって、法人税額等相当額の控除が評価理論上当然の要請と解することとは、理論的必然性があるとはいえず、原告の右主張は採用できない。

2(一)  そこで本件について検討するに、被相続人が相続開始直前に、借入金により第一会社(洛北商事)を設立し、その会社に出資した後、右出資のすべてを極めて安価に現物出資する方法により第二会社(下鴨商事)を設立したこと、まもなく生じた相続開始後、相続人が、第一会社からの借入により被相続人の前記借入金を弁済したこと、第一会社が第二会社を吸収合併した上、第一会社の出資を減資により回収し、それを会社からの借入の弁済に充てたこと、右一連の行為の結果、相続税評価額による純資産価額と帳簿価額による純資産価額との間に極めておおきな差額を作り出し、多額の法人税等相当額の控除を受け得たこと等については、前記争いのない事実3のとおりであり、右一連の行為は、その時期、期間等の事情も考慮すれば、相続税負担の軽減を図る目的でなされたものであり、なんら経済的合理性を見出すことはできないというべきである。したがって、この点に関する前記原告の主張(六)は採用できない。

(二)  右事情を前提にすれば、相続開始時において、既に、将来、法人を清算すること及びこれにより生じる清算所得に対する法人税を生じる余地は全くなかったことが認められるのであり、そのような場合にまで、評価基本通達一八五及び一八六―二により評価することは、その趣旨に反し、相続税法二二条の趣旨を没却する結果になると考えられる。

(三)  さらに、前記の事実関係によれば、実質的に、被相続人の出資が、ほぼそのまま原告に移ったものと評価できるにもかかわらず、本件評価基本通達により法人税額等を控除して計算すると、被相続人の資産は、洛北商事の出資から本件出資に形を変えた時点で直ちにほぼ半額となり、その分課税額が著しく圧縮されることになるのであり、このような場合にまで、法人税等相当額を控除して計算することは、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨にも反することが明らかである。

(四)  そして、前述した評価基本通達一八五の趣旨に鑑みれば、本件出資の評価については、小会社における純資産方式により評価することとなるが、法人税相当額等を控除しないことによる方法により評価する方法が妥当であり、それにより時価が算定できるというべきである。

この点、原告は、本件出資の時価の算定方法が合理的でない、あるいは時価が算定できないと主張する(前記原告の主張(四))が、採用できない。

(五)  以上によれば、本件については、「特別の事情」があると認められ、その時価は、法人税相当額等を控除しない原告主張の額と解するのが相当である。

3(一)  なお、原告は、相続開始時の時価の算定や、「特別の事情」の存否の判断について、相続開始後の事情や「専ら贈与税または相続税の負担を回避する目的」という主観的要素を含めるべきではないと主張しているが(前記原告の主張(二)(三)(五))、時価を評価する際に相続開始前の被相続人及び原告の行為(ないし事情)を斟酌し、その経済的合理性や評価基本通達の趣旨との適合性の有無を判断するにあたって相続開始後の原告の行為や租税回避目的の有無を一つの基礎付け事実として考慮することはむしろ当然の事柄として許されるものと解される。したがって、原告の右主張は採用できない。

(二)  さらに、原告は例外的に評価基本通達と異なる評価方法を採用するにあたっては、その根拠規定及び例外的取扱いをする理由(評価基本通達六による場合には、同通達に定める国税庁長官の指示の内容を含む)を明らかにする必要があり、これを欠く本件更正処分は適正手続に反し違法であると主張する(前記原告の主張(五))。しかしながら。本件決定通知書(甲第七号証)によれば、処分の理由として、「有限会社下鴨商事の出資が過少評価となっていたため」と記載されていることが認められるところ、そもそも更正決定についてその理由を明記することは予定されていないし、評価基本通達によらない場合において、本件程度の理由が明記されておれば、本件決定が違法とまではいえない。よって、原告の右主張は理由がない。

4  なお、原告が本件相続により取得した財産のうち、本件出資を除いたもの(別表一<2>記載の相続財産)に関する評価及び相続税額の計算等については、当事者間に争いはなく、適法であると認められる。

第五結論

以上によれば、本件課税処分は適法なものと認められるから、本訴請求は理由がない。

(裁判官 鏑木重明 末永雅之 小西洋)

<別表略>

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